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学生が学生なら先生も…

私が進学した大学院時代の大学。
学部の大学には当時院生の受け入れがなかったため出ざる得ない事情があり、他大に行くことになった。
私が相当嫌がっていた女子大である大学院時代の大学に行くことを決めた理由はただ一つ。
指導教官になってくれる先生がよさこい研究の第一人者だったからだ。

その人の名を仮に「うっちー」としておく。
「うっちー」は元々学部時代の恩師・キムタクの友人の先生だった。
キムタク的には人文系地理研究の盛んな関西の大学院に行って欲しかったらしい。
実は、キムタクに勧められた第一志望にしたらいいという大学院は京大だったのだ。
ただ、親に家を出たら学費も生活費も出さんと言われてしまった都合、キムタクに関東の大学院で…と言ったらここしかないですね、とバッサリ。
うん、キムタクの言いたいことはよく分かる。

というわけで行った大学院時代の大学。
「うっちー」はいろんな意味ですごい人だった。
・執筆が早すぎる
→学部生の指導や学会関係のことなど忙しいはずなのに、月2本論文を発表している月もあったぐらい。いつ執筆しているのか謎。全く執筆しないキムタクとは雲泥の差である。よさこい研究者として舞踊学会などに呼ばれ、講演していたこともあったっけ。
・研究の幅が広すぎる
→よさこい研究者であるのだが、あるときは日本初の健康ランド・船橋ヘルスセンターについての論文を書いていたり、またあるときはサンリオのキャラクター「キキララ」の論文を書いていたり。ストライクゾーンが広すぎる。そもそも所属の研究室は歴史地理なのに!(そのため私は現代の研究をしているのに周りは歴史地理だらけ)
・いろんなところへの出没度合がすごい
→私に負けず劣らず各地のお祭りに行っていた。それだけで済めばいいが、チームに所属し、踊り子をしていたことも…当時40過ぎたおじさんである。所属チームの方に話を聞くと「覚えが悪くてね〜」とのこと。まぁ想像通り。
普段研究者という偏った世界にいるので、院生からみれば「外の世界に触れるよい機会」と話していたほど。

先生に教わったことは…たぶんない。
よさこいトークはしょっちゅうしていたが。
でも先生に助けられたことは多数。
・私の学部の卒業論文を本の一章として出版してくれた
・自分の研究費を私に「よさこいの交通費に」と回してくれた
・お祭り関係者の方を多数紹介してくれた
・手に入れづらいよさこい論文を多数コピーしてもらった
・全く大学院になじんでいない(もとい、他の先生方と仲が悪い)私をかばってくれた

先生は私が修了した翌年に地元の関西の大学院に異動した。
40代半ばで教授職とは、現在の研究職では珍しいはず。
やっぱりすごいできる人なんだよなぁ。
私は大学院時代の大学に全く馴染めなかったけど、先生がいたから何とかやってこれたようなものだ。

その先生には、修了後もちょくちょく会っている。
申し合わせたわけではないのに、お祭り会場で会うのだ。
しかもだいたい出没しているお祭りが分かっている。
さらに、お祭り会場で私の知り合いの踊り子さんと飲んでいることもある…。
み、みなさん、一応すごい人なんですよ。
ま、普通は気にしないよね…私は一応自分の先生なので気にするけど。

今年もそろそろ会いそうな気がする。
いや、たぶん会うな。しかも超近々…。
そして、たぶん今年もたくさんの方に遊んでもらうんだろうな。

もし先生とお会いする機会のある方がいたら、先生のことをよろしくお願いします。

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