自分が楽しいと思った瞬間を生きているか?

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バタバタしている2月。
各地へ出かけていたというのもあるが、気分的にも落ち着かぬ日々を過ごしていた。
自分を見失いそうになるとき。
そんなときに思い出すようにしているのは、「楽しむ」ということ。
今日は何を楽しんだか?
遊ぶように仕事した?
そんなことを問いながら過ごすようにしている。

そんな日々の中でふと思い出したのは、昨年12/31にブログの最終投稿として書いたこんなこと。
こちらには初出なので、改めて書いておきたい。

==========ここから==========

冬休みに入ったある日。
自宅から横浜駅までランニングしていた。

横浜駅も近づいてきた終盤、歩道に女性が倒れているのを発見した。
年齢は30〜40代。
すでに第一発見者と思われる男性が救急車を呼んでいるところで、私も男性にこの場所の住所を尋ねられ、すぐに回答した。
次の瞬間、電話に向かって男性が発した言葉に目を疑った。

「女性がマンションから落ちてきたんです!」

落ちてきた?
落ちてきたって、どういうことだ?!

女性は時折苦しそうに何かを叫び、動く。
が、自分はこういう時に限って何もできず、ただ無事を祈ることしかできなかった。

男性が電話を切って2,3分で救急車が到着した。
すぐに心臓マッサージが始まり、女性は救急車へ。
警察もやってきて、現場検証が始まった。
落ちてきたというマンションに手がかりとなるようなものもなく、事件か、事故かも分からない。
しかもその人の身分が分かるものも何もない。
警察の人も少々困っているようだった。
通りすがりの私は救急車が病院に向かったところを見届けて、再び走り出した。

走りながら考えた。
あのとき、自分に何かできる力があれば…。
でも祈ることしか現実にはできなかった。祈ることで何かを変えることはできないものか…。

そのときある言葉が私の頭に浮かんだ。
ん、それってどういうことだ?
自分の中でその言葉を繰り返しながら横浜駅まで向かい、みどりの窓口に入って指定席申込書の裏に書きなぐったのが写真の言葉。
image

「play」が「pray」になる

今年は、身内で不幸はなかったものの、親しい子の自殺とか今回の件を含め、いく度と無く生と死を考えさせられる1年だった。
その度に、自分は何ができたのか、何ができるのか突きつけられたような気がする。

12歳でもしかしたらこの世にいなかったかもしれない私は、あのときの3倍近くを生きようとしている。
あのときと比較して、生きるのが楽しいのは確実に今だ。
そしてこの1年は人生をより楽しく、力を抜いて、でも力強く生きる術を学んだ1年だった気がする。

来年の私。
「あなたが楽しいと思ったことを、世の中に広めるときだ」
今、そう背中を押してもらっている気がする。

本年も1年ありがとうございました。
来年もSummyをよろしくお願いします。

==========ここまで==========

私ができることは、人生の「楽しい」にフォーカスすること。
楽しいにフォーカスすることは、人生を遊んで、心躍って、軽やかに生きること。
そんな自分の使命を持って生きていれば、ぶれないはず。

心落ち着かぬ日々だったので、これを読んで改めて自分について思い出すこととする。

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